ありがとうの反対は?

皆さんは、「遠い」の反対は? と聞かれた場合に、考えなくても簡単に答えが出てくると思います。
答えは「近い」ですよね。
では、「高い」の反対は? と同じく聞かれた時でも、瞬時に回答を導き出すでしょう。
答えは「低い」ですよね。

それでは、「ありがとう」の反対は? と同じように聞かれたら、同じように瞬間的に答えを導くことができるでしょうか?
実際、友人数名に聞いたことがあるのですが、すぐに答えたのは「どういたしまして」でした。
間違いではないのですが、「どういたしまして」は反対語ではなく、丁寧語(謙譲語)です。簡単に説明すると、「どうかしました?どうもしませんよね?」くらいの意味合いになります。
つまり、お礼を言われた際に「お礼を言われるようなことは何もないですよ」ということで、「どういたしまして」と使われるということです。
少し話しがズレましたが・・・。

「ありがとう」の反対は、「当たり前」だそうです。
飲食店で注文したら、注文した品物が出てくる「当たり前」。
電話を掛けたら、相手に繋がる「当たり前」。等々・・・。
普段から何気ない出来事の「当たり前」や、そこにある「当たり前」が、よくよく考えると「ありがとう」に繋がることが多いのです。
毎日の生活の中にある「当たり前」に着目して、それを「ありがとう」と感じることも面白いかもしれません。

(総務 小松)

 

ありがとうの語源

普段から、人に「ありがとう」と声をかけること、かけられることは多々あるかと思います。皆さんは、御存じでしょうか? 「ありがとう」という語源の意味を。
調べてみると以下のようなこととなってます。

『ありがとうの語源は、形容詞「有り難し(ありがたし)」の連用形「有り難く」が、ウ音便化したものである。
「有り難し」とは、本来「有ること」が「難い(かたい)」、すなわち「滅多にない」や「珍しくて貴重だ」という意味を持っている』

と、いうことだそうです。
つまり、普段の生活を営むなかで、滅多にない出来事などに遭遇した時、人は「有り難い」と感じるということです。
「感動する」ということと、少し似ているのかもしれません。

・・・でも、滅多にない出来事の中には、「喜ばしい」ことばかりではありません。
理不尽極まりないことも多くあるでしょう。
私は、そんな理不尽極まりないことに遭遇した場合、色々と思い出す言葉があるのですが、その内の一つに、

 『難題の無い人生は、無難な人生。難題のある人生は、有難い人生』

というものがあります。
問題ない人生、楽な人生ばかりでは、人は成長しない。だからこそ、難題が降りかかった時、成長できるチャンスだと思って、その事柄に感謝し、素直に受け止めることであるということだそうです。
皆さんも、理不尽極まりない事柄が身に降りかかった時、この言葉を思い出してみてはいかがでしょうか?

(総務 小松)